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東京地方裁判所 昭和38年(モ)18782号 判決 1964年4月17日

債権者 岡義治

右訴訟代理人弁護士 岡田実五郎

佐々木熙

債務者 光義こと 斉藤光儀

右訴訟代理人弁護士 伊藤銀藏

主文

債権者と債務者間の東京地方裁判所昭和三八年(ヨ)第八四八九号仮処分命令申請事件について、同裁判所が同年一二月一六日にした仮処分決定のうち、第一項(処分禁止)を認可し、同第二項(引渡命令に基く執行の禁止)を取消す。

債権者の右仮処分命令申請のうち引渡命令に基く執行の禁止を求める部分を却下する。

訴訟費用は債権者の負担とする。

この判決は、第一項の取消部分に限り、仮に執行することができる。

事実

(双方の申立)

債権者は主文第一項記載の仮処分決定を認可するとの判決を求め、債務者は右仮処分決定中引渡命令に基く執行の禁止の部分の取消及びその部分の申請却下の判決を求めた。

(債権者の主張)

一、債権者は昭和三五年二月二四日大東京信用組合と手形貸付等手形割引、証書貸付、当座貸越保証等の取引契約をなしこれに基き借入極度額を金一〇〇万円、利息日歩二銭七厘、期限後の損害金日歩七銭の約の与信契約を締結し、この債務の担保として同日債権者所有の別紙物件目録記載の建物(以下本件建物という)につき根抵当権を設定した。

尤も、債権者は同日同信用組合より、右極度額の範囲を越えて金一七六万円を借入することとなつたが、そのためには、信用組合の貸付内規により同日までに金一四四万円の掛金がしてなければならなかつた関係上、債権者の借入総額を金三二〇万円とし、うち金一四四万円を右の掛金に充てた形式をとつた上で現実には金一七六万円を借入し、その返済方法としては毎月二二日に金八万円宛二二回の掛金をしてその都度これを右借入金の返済に充当することを約したのである。

二、しかして債権者は別表一覧表記載のとおり、昭和三五年二月二五日から昭和三七年五月二六日まで右の約旨に従つた弁済をなし、その頃右の債務を皆済した。

三、しかるに、大東京信用組合は債権者との当初の約束を無視して、債権者に対する貸金元金は三二〇万円であり、昭和三七年五月一六日現在の債権残額が七九二、六三七円である旨主張し、同年六月一三日東京地方裁判所昭和三七年(ケ)第四九一号をもつて本件建物に対する任意競売開始決定を得てその競売手続を進行させ、その結果債務者が昭和三八年二月一二日本件建物を競落し、同年一一月四日所有権移転登記手続を了したうえ、引渡命令を得て債権者に対し、本件建物の明渡の執行に着手した。

四、しかしながら、前記のとおり、大東京信用組合の債権者に対する債権は既に弁済により消滅していたから、本件建物の所有権は競落人である債務者に移転せず、依然として債権者にあるのである。

よつて、債権者は債務者に対し東京地方裁判所昭和三九年(ワ)第一五二五号所有権不存在確認、所有権移転登記抹消登記手続等請求の訴を提起したが、債務者においてその登記名義を他に移転したり、引渡命令の執行を完了されては、債権者としては回復し難い損害を蒙ることとなるので、債権者は債務者に対し本件建物の処分禁止および引渡命令に基く執行の禁止を内容とする本件仮処分決定の申請をなしその旨の別紙のとおり原決定を得たものであるから、原決定は認可さるべきである。

(債務者の主張)

一、債権者の主張事実中、本件建物の競売手続の経過に関する点は認めるが、大東京信用組合の債権者に対する債権が消滅したことに関する主張は否認する。

二、本件建物についての競売開始決定に対しては、債権者より異議の申立がなされたが、昭和三七年一一月一二日担当判事立会のうえ、大東京信用組合代理人布施元久、同河和悟と債権者の間に話会いが行われ、その結果債権者は信用組合の主張する残債権の存在を認め、その元利金を昭和三八年二月末日までに三回に分割して支払う、その場合信用組合は競売申立を取下げるが、若しその支払いがない場合は競売手続を続行する、ということとなつたにも拘らず、債権者はこの約定に従わなかつたため競売手続が進行したのである。

また、債権者は債務者の得た競落許可決定に対しても抗告を申立てたが、東京高等裁判所において抗告棄却となり、これに対する特別抗告も却下されているのである。

なお、債務者は昭和三八年一一月一日債権者に対する本件建物の引渡命令を申立て、その頃同命令を得て同月一二日一部の執行をしたが、債権者は右引渡命令に対しては不服の申立をしなかつた。

これを要するに、債権者の本件仮処分決定の申請は建物明渡の延引策に他ならず、原決定は取消されるべきである。

理由

不動産任意競売における引渡命令は競売法三二条二項により準用される民事訴訟法六八七条によつて裁判所が執行の方法として発する決定であり、代金の支払を了した競落人に対し別訴によることなく簡易迅速な手続によつて競落不動産の占有を取得する方途を与え、よつて競売の目的達成を容易確実なものにしようとの考慮に由来するものである。

従つて、引渡命令の発令に当つては、競売申立にかかる抵当権またはその被担保債権の存否自体は何等その審理の対象となるものではなく、これらは競売開始決定ないし競落許可決定の際に審理されるべき事項に属し、またこれら決定に対する不服申立により右の問題は更に審理され得るのである。かくして結局競落許可決定の確定をみた上は、競売手続は次の段階に移り、代金の支払があれば競落不動産は速かに競落人に引渡されるべきことになる。

尤も、任意競売手続は担保権の実行手続と解される関係上その如何なる段階においても仮処分によりこれを阻止することができるとされ、一方抵当権あるいは抵当債権が不存在であるに拘らず、競売申立がなされたときは、競落許可決定が確定しても、当該不動産の所有権は実体上競落人に移転せず、その所有者は実体上の理由により競落人に対し所有権を主張し得ることはもとよりであるから、これを理由として引渡命令の執行を仮処分により停止し得るかのように見えるが、前記のように引渡命令はそれ自体の使命を有し、それを一応完遂させるのが競売の目的に適合する所以であるから、少くとも抵当権ないし抵当債権不存在のようにそれまでに主張され、または主張され得る事由をもつてしては、引渡命令の執行停止の仮処分はなし得ないものと解すべきである。かかる主張をする者は、一旦競落人に当該不動産の引渡をした後改めて所有権に基く引渡の請求をする道は残されているのであり、これは迂遠なことのように見えるが、競落人と抵当債務者との利益の均衡は、この辺におくのが妥当であろう。

なお、本件仮処分では、引渡命令に基き債務者が引渡の執行を任意なさない趣旨の不作為命令の形をとつているが、これにより実際上右執行ができなくなることは明らかであるから、実質上引渡命令の執行停止を求めるのと変りはない。

そうすると、債権者の本件仮処分命令の申請のうち、引渡命令の執行禁止を求める部分はその主張自体理由がないことに帰するから、原決定のうち右の部分を取消してその申請を却下し、債務者に不服のないその余の部分を認可することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条(第九二条)、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小堀勇 裁判官 安倍晴彦 裁判官友納治夫は転任により署名押印できない。裁判長裁判官 小堀勇)

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